契約自由の原則

 地上波契約を衛星契約に変えて以来、私はますます破壊衝動を抱くようになった。

 

 私が地元を離れこの町に引っ越してきたのは2年前のことで、まだ80キロ以上体重があった。現在住んでいるアパートと賃貸契約をするときNHKの地上放送の契約も同時にさせられた。

 この悪質極まりない受信料という、人頭税のようなもの。一方的に契約をさせられ解約するためにはテレビの所持も認められない。私有財産制を侵害している。放送法できまっているらしいこのおかしな取り決めは、腹が立つが許せる程度に私の常識になっていた。それは仕方がないことだった。私が生まれる前からこの法律は存在していて、そうやって日本が回っていたのだから。ただし衛星契約てめーはダメだ。

 

 仕事を終え21時ごろにアパートに到着して一息ついていた。冷蔵庫に冷やしてあるジンジャエールをのもうとコップを取り出そうとした矢先、珍しくインタホーンが鳴った。液晶に映るのはクールビズの格好をした男性が経っていた。私は条件反射的にそのインターホンに応答してしまった。すると男性はNHKを名乗り、料金改定について話がるのだと言ってきた。私はなんらかの理由をつけ、その場をやりすごすべきだったのだろうが、扉を開けて応対した。この一連の動きはスムースだった。相手を不快にさせまいという感情が働いている。話を聴けばアパートの共同アンテナは衛星放送を受信できる受信機であるので(私が)衛星契約にしなければいけない義務があるということだった。それがアパートの管理会社が入居するまえの契約で地上契約でよしとしたものを、わざわざNHKの集金マシーンの会社がせっせと調べ上げたのかしらないが、衛星契約を結べるはずなのに契約を結んでいない俺のところにやってきたということらしい。ここではっきり申し上げますと、私はビビッていた。NHKという存在に臆していた。だから私は男性の〈BS放送がきちんとご視聴できるか"確認"してくだい〉という指示に従ったし、"きちんとご視聴できました"なんて懇切諦念に応えてしまったわけである。衛星放送が受信できますよという回答は男性が欲しがっている答えであるとは知らずに。ここで俺がBSは視ないのでということを言ったとしても受信できる状態にあれば契約する義務が生じるので(そもそも契約の義務が生じることが意味不明だが)衛星契約から逃れることが出来ないということである。そして"無知で馬鹿な愚かな"私は、はれて衛星契約を結んでしまったわけである。

 私は合意したのである、相手の要求に対して。だから私が一方的に解約することはできない。契約自由の原則よ、なんて素晴らしいんだ。ああ、なんて愚かなんだ私は視もしない衛星放送で月々の支払が2倍になる。ただでさえ少ない可処分所得で日々の慎ましい生活を受信料という名の人頭税で、さらに圧迫しなければならないのか。

 すべては無知なためにおきた事件である。

 ウルフオブストリートを視て俺の破壊衝動を抑えよう。